「そうかも。家事は全部、私がやってるし。結婚する必要なんて無いですよね」
「生活費は?」
「食費だけ、私が。と言っても、彼は仕事がハードで帰りも深夜だから、あまり家で食事しないんです」
「何やってる人なんですか?」
思わず、聞いてしまった。
「取引先で駐在SEしてるの」
「へぇ」
「彼の頭の中は私生活より、仕事でいっぱいみたい。四月から優秀な部下が別の企業へ異動するらしくって、これから大変だってぼやいてたし。でもね、部下はしっかり結婚してるのよ。それも今年に入って二人よ、二人。なのに自分の結婚は考えないのかしら」
田口さんの話す声が少し大きくなった。話しているうちに、だんだん腹が立ってきたって感じで、ちょっとお怒りモード。
「今夜は徹底的に飲んじゃう。すみませーん、日本酒ください」
スタッフが持ってきた一升瓶。名前も浮世絵のラベルも珍しくて。
「撮ってもいいですか?」
スマホで角度を変えながら撮影させてもらった。ついでに私も一杯、もらう事に。だって、どんな味か試してみたいしね。
「美味しい」
上品な甘さ、口当たりも良く、飲みやすい。くどき上手なんてネーミングもいいし、ユキ君と飲みに行ったときに使えるかも。
なんて思っていたら、テーブルの上に置いた田口さんのスマホが振動。
「あ、すみません。ちょっと電話してきます」
急いで店の外へ。それからすぐ戻って来て。
「彼氏が今から帰って来るみたいなので。すみません、お先です」
大慌てで帰って行った。
「嵐みたいな奴だな」
土方さんは苦笑い、俺も日本酒頼もうかな、とメニューを手に取った。