ビールをふいてしまった。慌てて手の甲で口を拭う。部長にまで勘違いされているなんて・・・・。
「付き合っていません」
もちろん、きっぱり否定。でもかなり動揺していたのか、うっかり手元のグラスを倒してしまい。
「あっ」
部長がおしぼりを数枚つかみ、濡れた台の上へ重ねてくれた。
「ありがとうございます」
「別に、隠すことないのに」
違うって言っているのに。
「隠していませんから。だいたい私には理想の結婚というものがあってですね」
私が狙っているのはあなたです。とまでは言えなかったが、サラリーマンと結婚して専業主婦をしたいと願望を打ち明けた。
だけど、どうしてなんだろう。目の前に理想の相手がいるのに。自分が嘘を言っているみたいな気がして、もやもや。鳴るかもしれないスマホが気になって、つい視線が向いてしまう。ひょっとして私、待っているのかな。ユキ君を?
「違う、そんなはずない」
心の声が口から飛び出し。
「えっ」
部長が目を丸くさせ、私を見ている。私は自分の口を掌で塞ぎ、もごもご。
「とにかく・・・・ユキ君とはそんな関係じゃないってことです」
そう、別に何でもない。ただの同僚だよ。二、三日姿が見えないから気になっているだけ、そうに決まっている。
「部長は、どうなんですか。結婚されていないみたいですけど」
「結婚か・・・そうだな」
部長は少し間を置き、「多分、出来ないだろうな」寂しそうに笑って言った。その視線の先に林さんがいたことを私は気づかないふりして。
グラスのビールを飲み干した。
「酒は強い方か」
「普通だと思います。ビールと酎ハイしか飲んだことないけど・・・・。でも飲むのは好きです」
「今度、俺と飲みに行く?」
「えっ・・・」
その時、電話が鳴った。私の心が躍っているのは部長から誘われたからなのか、それとも・・・・。