洗面所でドライヤーを借り、髪とワンピースを乾かしていると。
「もう、なに考えてんのよ。由紀だけならともかく、彼女にまでそんな事してっ」
廊下から女性の怒っている声が聞こえてきた。そっとドアを開けてのぞいてみる。どうやらお父さんが叱られているっぽい。
怒っている女性は、多分、お母さんだ。
「親父とお袋だ」
頭の上からユキ君の声。ユキ君も私と一緒になってドアの隙間からのぞいている。
「顔洗ってねぇって言うから、手伝ってやったんだよ」
「ちゃんと謝ってよ?」
「分かった、分かった。それより、奈美、腹減った」
お父さん、いきなりお母さんに抱きついた。
ひゃー、なんかいけないところを見ているのでは?
「早く飯にしくれなきゃ、奈美を食うぞ」
「もうっ。分かったから離れて」
お母さがお父さんを押しのけようとする。が、逆に壁へ押し付けられ、身動きとれないようにされてしまった。
壁ドンではなくて、肩掴まれて、張り付け状態。見ている私はかなりドキドキ。
なんかもう、映画とかドラマを生で見ている気分だ。
そしてお父さんは、お母さんの顎を指でクイッと上げ。
ちょっと強引なキス。
うわーっ、うわーっ、見ちゃった、見ちゃった。ユキ君のお父さんとお母さんがキスしているところ。
しかも軽くチュッとかじゃなくて、結構本気のキス。
怖いと噂の社長のイメージはものの見事に崩れ落ちた。
「ユキ君、あの人、誰?」
「だから親父とお袋」
「今、チューしてたよね?」
「ああ、気にすんな。いつものことだから」
いつも?
「ユキ君のお父さん、なに人?」
「変人」
彼が、人前でも平気でキスしたり、抱き着いたりする理由が少し分かった、かも。