二人が店を出て行くのをカウンター席から見送ったあと、私はもう一杯、ジントニックを注文した。口の周りについた塩を舌で舐め取ると。
「今、キスしたらしょっぱいだろうね」
グラスを持つ手が揺れ、ジントニックが指先を濡らした。すぐにおしぼりを掴もうと伸ばした私の手を石橋さんが握り、自分の口元へ持って行く。
嘘っ、舐めたよ、この人。
ひっこめようとしたのに、しっかり握られて。そのままカウンターの下へ。繋がった手を振り解かなければ、頭では思うのにそれが出来ないでいる。
落ち着け、落ち着け。ただ、からかわれているだけだよ。落ち着きを取り戻そうと、必死で自分に言いきかせた。一人パニックしている私を見て、彼がクスクス笑っている。
「私、彼氏がいるんですよ。こういうの冗談でも困るんです」
「まだ、あの彼と付きあってるの?」
やっぱり、覚えていたんだ。小さく頷くと「じゃあ、マズイね」と手を離してくれた。温もりを無くして、急に寂しくなった。大きくて温かい手、まるで私の全部を包み込んでくれそうな・・・。何を考えているの、愛子。あんたには雄大がいるでしょう。自分を心の中でポカポカ殴って叱った。
「仲直りしたの?」
ドキッ、返答に困った私は、黙ってジントニックのグラスを見つめる。
「もしかして、まだケンカ中?」
唇を噛みしめて首を横に小さく振り、否定した。
「ケンカじゃありません。向こうが、一方的に怒っているだけですから。LINEしてもメールしても返事くれないし、電話しても出てくれないんです」
言葉にすると、無性に泣きたくなった。宙ぶらりんのまま放置されていることが堪らなく辛い。
何で、こんなこと知り合ったばかりの人に打ち明けているんだろう。石橋さんだって、楽しくないだろうに。
「何だか、もう嫌になっちゃって。・・・・今日、LINEに別れようって入れたんですよ。でも何も返って来ないんです。どうしてなんでしょうか」
石橋さんは、頬杖ついてカウンターの向こうに並ぶボトルを眺めている。
「愛ちゃんは、別れたいの?」
「・・・分かりません。ただ、色んなこと考えてたら、疲れちゃって。別れてもいいかなって。でも二年も付き合ってLINEで別れようは、ダメですよね。面と向かいあって話し合わなきゃ」
ふわりと頭の上に手が乗った。彼は、軽くポンポンと叩いたあと、ゆっくりとその手をカウンターの上に乗せた。
もっと、触られたいと思ってしまう。恋人がいる女が、そんなこと考えてちゃいけないと思うのに、その手から優しさが伝わってくるから。彼の手を視線で追いかけてしまう。慰められることに慣れていないせいかもしれない。
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