女将さんたちが部屋を出て行って、二人っきり。向かいでお茶をすするユキ君をチラ見、今しかない。
「ユキ君、相談があるの」
「なに、あらたまって」
部屋をぐるり見回してから、身を乗り出した。
「ここ、高そうだね。いくらするの?」
ユキ君は目を丸くさせ、いきなりなにを言い出すんだって顔をする。マズったかな、高そうは余計だったか。いくらするのってサラッと聞くべきだった?
「ええっと、へんな意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味?」
せっかく二人で旅行しているのに、旅館の値段を気にするなんて、けち臭いと思われたかな。でも見栄を張ってもしかたない。正直に言わないと。
「実は、その・・・。まさかこんな立派な旅館に泊まるなんて思ってなくて、持ち合わせが・・・・」
おずおずと財布から全財産、諭吉を三枚取り出してしょぼい扇にして見せる。うぎゃっ、ユキ君の不機嫌そうな顔、足りる訳ねぇだろって言いたいのかな。そうだよね、絶対足りないよね。あの蟹一匹だけでこの諭吉が消えちゃうかも。釣り竿手にした諭吉が三人、蟹の甲羅に乗っ飛んでいくのが見えた。
「大丈夫。今回は、ちゃんと銀行のカード持ってきたんだよ。足りない分は明日コンビニでおろして返すから」
「舞」
言いたいことは分かってる。待って、と私はユキ君に広げた掌を見せた。
「マリンワールドの入場料も、だよね。分かってる。けど、今はこれしかないの。ごめん、貸しといて」
諭吉を差し出すと。
「いらねぇよ。つーか、もらえねぇよ」
押し返されてしまった。いらないって、まさか全部ユキ君が払うつもり?
「ダメだよ。お互い働いている訳だし、ちゃんと割り勘にしよう。ここまで来るのにガソリン代とか高速代とか掛かってるし、年下のユキ君に全部払わせる訳にはいかないよ」
「年下は、関係ないだろ。いいからもう金、しまえよ」
「ユキ君」
「いらねぇってんだろ」
不機嫌な顔にちょっと怯みそうになる。でも、ハイそうですかって引き下がれない。
「受け取ってくれないなら、帰る」
「は?」
ひゅーっと冷たい風が二人の間をすり抜けていった。