「私の先輩で野口愛子さんです。愛さん、知っていると思いますが、加藤さんです。それと」
「この度、スタイリー社の常勤SEとして配属されました石橋直哉です」
「野口です」
「よろしくお願いします」
お互い頭を下げるとゴツッとおでこをぶつけてしまった。くーっ、痛い。
「ゴメン、痛かっただろ? 石頭なんだ、俺」
そう言って石橋さんは私のおでこに冷たいおしぼりを押しつける。綺麗な顔が目の前でチラつく。なんかめっちゃ恥ずかしいんだけど、どうしたらいいんだろう。
「傷物にしたって訴えられるぞ」
石橋さんは、加藤さんの意地悪な言葉に耳を傾けつつ、私と花の前にチューハイグラスを置き、次に加藤さんへビールジョッキを手渡した。
「それは勘弁してほしいですね」
軽く笑って「責任とって嫁さんにしたら、許してくれるかな」と、さらに付け加えるものだから、不覚にもドキッと胸が高鳴ってしまった。冗談だって分かっているのに、頬が熱い。
相手が、ふざけていることは分かっている。だから精いっぱい自分なりに乗りの良いふりをした。
「じゃあ三十までに結婚出来なかったら、もらってください」
「三十までって何年あるの? 俺、そんなに待てないよ。せめて半年とか一年かとにしてくれない?」
「それ短くないですか。半年なんて絶対無理ですよ」
「うん、分かってて言ってる」
分かってて? どういう意味?
そこからはたわいもない話で盛り上がり、焼き肉屋で一時間半過ごした。
石橋さんはとても気遣いの出来る人だった。皆で楽しめる話題を振りつつも、決して出しゃばらない。ちゃんと加藤さんを立て、私や花にも気を配って。素敵な人だな。
久しぶりに楽しい時間を過ごした。それは、間違いなく石橋さんのお蔭だ。もっと一緒に楽しい時間を過ごしたい。石橋さんの笑顔を見ながら、そんなことを考えてしまった。