ヒロシの日記

小説
Pocket

大阪から和歌山のとある海洋公園まで車で二時間弱。
ここは石灰岩がつらなる自然公園でキャンプ場やログハウスなどの宿泊施設もあるが、昨年の台風による被害で閉鎖中だ。
施設の一部だけは開放されているが、立ち入り禁止のロープがあちこちに張り巡らされている。

時刻は夜の九時。駐車場はキャンピングカーが二台、セダンとワゴン車が一台ずつとまっているだけ、がらんとしている。
車から降り、後部座席に積んだ黒いバッグを二つ、手にとった。一つはカメラと望遠レンズが、もう一つには三脚が入っている。
舗装された道を歩き、すぐ側の海岸へ向かう。静かだ。波の音しか聞こえない。

「結構、明るいですね」
「そうだな」
伊織が空を見上げる。
「雲もないし、撮影しやすそう」

今夜の主役は、まるで一人舞台のように、夜空で眩しい光を放っている。
先日買ったばかりの一眼レフ、どんなものが撮れるのか、楽しみだ。

海岸沿いにテーブルとベンチがあり、そこへ荷物を置いて早速準備にかかることにした。
俺が三脚を伸ばしている隣で、伊織は岩場にカメラを向けていた。
まずは試し撮りの一枚、といったところか。

その後は三脚にカメラを取り付け、月にピントを合わせる。暗くて伊織の表情は見えないが、楽しんでいるようだ。
F値、シャッター速度、ホワイトバランスを調整、ピントを合わせ、そして撮影。それを何度も繰り返していた。

「いいのが撮れたか」
「うーん、難しいな。マニュアルも一眼レフも初めてだから」
声からして、納得のいくものはまだ撮れていない感じだな。
「色々試してみよう。そのうち、これってのが撮れるかもよ」

色々試してみよう、俺はそのセリフを口にしながら胸に小さな欲情を抱いていた。
辺りは誰もいない。見られたとしても暗くて人影が映る程度だろう。
俺は伊織の肩を抱き、顔を寄せた。

月明かりの下で、波音を聞きながら伊織の吐息を飲み込む。
誰も見ていない。月だけが知る、重なる影の理由を。

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

小説更新、諸々のお知らせはtwitterで

PVアクセスランキング にほんブログ村