いよいよ来週の土曜日は、ユキ君がS市へ引っ越すことになっている。
彼の借りたマンションは交通の便があまりよろしくない。快速に揺られ、普通に乗り換え二駅、そして最寄り駅からバスに乗る。しかも降りたバス停から十五分ほど歩く。駅近にしてくれたら良かったんだけどね。そしたら平日でも店の片付けが終わってから、のぞきに行けるのに。
「ユキもついに独立か」
「お前、飯どうすんの」
「適当にやりますよ」
今夜はバスケ仲間と飲み会。私も誘ってもらって、冷酒でご機嫌。次はなにを頼もうかと、ユキ君の隣でお酒のメニューとにらめっこ。
「あれ?」
忽然とメニューが消えた。
「舞、飲み過ぎると寝るから、もうやめとけ」
見るとユキ君が手に持っているではないか。
「えーっ、まだ二杯しか飲んでないよ。全然酔ってないし、平気だって」
私はメニューを奪い返そうと手を伸ばした。
「そんなに飲みたいのかよ。いいけど、寝たらどうなるか知らないぞ」
どうなるって、どうせホテルで寝るだけじゃない。平気、平気。うんうん、と頷くと「俺、ちゃんと前置きしたからね」と笑ってメニューを戻してくれた。
「すみませーん、この天吹を一合ください」
「あれ、ユキ。お前飲んでねぇの?」
「車だから」
「なに、車で舞ちゃんをどこかへ連れ込む気か」
「せっかくの週末デートですよ」
「もしかして今日お泊り?」
「もちろんですよ。それでなくても久々に会うのに、野暮なこと聞かないでくださいよ、鷹羽さん」
照れもせず、返したユキ君は、何故か気持ち悪いほどこニコニコして。
そんなユキ君の隣で私は、呑気に三杯目の冷酒を口にした。