土曜日、五時に目が覚めた。外はまだ暗い。舞との約束の時間まで、まだ三時間もある。どんだけ、張り切ってんだよ俺は。
もう少し寝るか、ということで二度寝。次に目が覚めたら、七時前。窓の外をのぞけば、青空が広がっていた。
「よっしゃ、いい天気だ」
服を着替え、顔を洗ってからキッチンをのぞく。いい匂いだ、お袋がパンを焼いているんだな。
「おはよう」
「あら、早いのね。もう出掛けるの?」
「ああ。今日は帰らないから」
「朝ごはんは?」
「食べて行くよ」
「奈美」
腹減ったと言いながら親父がキッチンへ入って来た。ラフな装いからして、朝からゴルフの打ちっぱなしに行ってきたんだな。
「いい匂いさせてんな」
「今日はね、カボチャとほうれん草のパンを焼いてみたの」
親父が、お袋の腰に腕を回した。
「美味そうだ」
「でしょう」
ふふんと笑うお袋の顎に指を掛け、親父が唇にキスをした。
「ちょっ、一久」
「朝の挨拶がまだだろ」
「もう」
ぷくっと頬を膨らませているお袋に「今日も可愛いな」なんて、いい年して照れもなく言う。親父がお袋にベタベタするのは、いつものこと。うちでは、これが普通。
チビの頃、俺たちもこんな親父の愛情表現を体で受けてきた。どんだけキスされきたか、どんだけ抱きしめられてきたか分からないほどだ。
キスや抱きしめたりするのはお前らが可愛いからで、これは子供への愛情表現だ。親父にそうすり込まれてきたせいで、俺は舞に対する気持ちを勘違いしてしまった。
でも今なら、ちゃんと分かる。舞が可愛くて、愛しくて仕方ないのは彼女に恋しているからだと。