フロアへ入った瞬間、ドラマを思い出す。広いオフィス、スケジュールを書き込んだホワイトボード。マグカップを手に通路を歩く人、下のカフェで買ってきた珈琲を手に出勤してきた人、挨拶を交わした後の何気ない雑談。見慣れない世界に自分が溶け込めるのか、ちょっと不安になる。
土方部長はどこだろう、フロアを見回した。中央の壁を背に大きなデスクが一つ。そしてその脇でノートパソコンを手にした部長が、男性社員と何やら会話した後、席に着く。
すれ違う人たちに会釈しながら私は部長の席へと向かう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
部長は顔を上げ、前を通り過ぎようとする女性社員を呼び止めた。
「岩田さんは来てたか」
「はい。あ、でも、さっき珈琲を買うのを忘れたとか言って、降りて行きました」
「そうか。あ、三島さん、君とこの補充で入社してもらったんだ。席へ案内してやってくれ」
「尾上です。宜しくお願いします」
「三島です。じゃあ、行きましょうか」
向き合うように並べられた八台のデスクとお誕生日席のように置かれたデスクが一台。しばらくすると一人の女性がお誕生日席の前で立ち止まり、隅っこに珈琲カップを置いた。もしかしてこの人が課長?どう見ても三十代前半。
「岩田さん、新しく入った」
「土方さんから聞いてるわ。岩田です、宜しくね」
バリバリ仕事をこなす感じではなく、見た目も口調もおっとりしている。しかし三島さん曰く、見た目と違ってすごく仕事が出来る人らしい。
「これは写真入りの社員証が出来るまでの仮証だから失くさないでね。三島さん、横山さんのやっていた業務を全部彼女に教えてあげて」
「岩田さん、会議に遅れるぞ」
土方部長に声を掛けられ。
「あ、今行きます。後、お願い」
岩田課長はノートパソコンと眼鏡を手に取ると、フロアを出て行った。エレベーターホールから「やだ、珈琲忘れたぁ」と嘆く声が聞こえてきたが、それは多分、課長だと思う。